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IT技術者の労働時間と給与


ここでは主にベンダ技術者を対象にします。「IT技術者は、給与は高いが残業が多い」というイメージがあります。「高い」「多い」は、何と比較するかで異なりますし、比較対象は人により異なります。それで、ここでは統計を示すだけとし、判断は皆さんにお任せします。

公的統計などによる調査

全産業を通しての国際比較

まず、労働時間や賃金の国際比較をします。各国が公式統計を発表していますが、それぞれ調査対象や集計方法が異なるので比較をするには不適切なのですが、あえて比較に用います。

従来、日本は労働時間が長いことが指摘されてきました。現在は改善され米国並みになりましたが、それでも欧州と比較して長い労働時間になっています。 (図表)

従来は日本の給与は世界でトップだといわれていましたが、近年は、日本企業の収益が減少していること、従業員よりも株主の利益を優先する風潮があり、給与は低下傾向にあります。そのため、2000年当時より10%以上低下しています。そのため、同一時点での比較が必要になります。 (図表)
 給与の国際比較は、為替レートや物価などに関係するので、比較が困難ですが、近年では欧米に比べて低い状況になっています。 (図表)

IT技術者の給与では、北欧や東アジアとの比較があります。北欧よりも低く韓国とほぼ同水準です。中国など新興国と比較すれば圧倒的に高いのですが、新興国のIT技術者の給与は相対的に高く、職種による格差が大きく、プロジェクトマネージャの給与が高い特徴があります (図表)。一般に日本の給与体系は、国際的にみて、一般社員の給与は高いが、上位者になってもあまり上がらないで、職制による差が少ないのが特徴です。

出典: IPA「グローバル化を支えるIT人材確保・育成施策に関する調査 概要報告書(2011年、実績2009年)」 より

IT技術者の職種別平均給与(2009年、ボーナスを含む)

他の業種・職種との比較

給与と労働時間に関する国の統計には、厚生労働省による「毎月勤労統計調査」や「賃金構造基本統計調査」があります。職業分類、産業分類、事業所規模、年齢など多様な項目での集計を行っています。
 それによると、産業別では、「IT技術者は高収入で労働時間が多い」といわれるのに、明確ではありません。たしかに残業は多いのですが、所定内労働時間が他産業と比較して短いので、総労働時間では大差がありません。 (図表)

IT技術者の残業が多いのは、システム開発での納期近くと運用後の保守やトラブル対処です。前者では、納期厳守が重要なのに、要件が確定するのが遅れる/変更になる、思わぬトラブルが発生するなどにより、納期間近かで突貫作業になることが多いのです。後者では、システムを止める必要がありますが、業務に影響するので、夜間や休日に行うことが多いからです。

給与は学歴により異なり、情報サービス業は比較的高学歴です。それで「男性、大学・大学院卒、企業規模10人以上」での年齢別で比較すると、情報サービス業は、「高収入で労働時間も短い」結果になっています。
 ところが職種でみると、日本標準職業分類での情報処理技術者(システムエンジニアやプログラマ)、特にプログラマは、全体と比較して「収入は低く労働時間は長い」不利な結果になっています。
 情報サービス業全体と、情報処理技術者との間でこのような差異があるのは、情報サービス業に属するコンサルタントやプロジェクトマネージャなど、比較的収入の高い職種が、システムエンジニアやプログラマに含まれていないからだと考えられます。 (図表)

企業特性による格差

情報サービス産業協会(JISA)が会員企業を対象にした調査をしています。一般的には、会員企業が、業界平均にくらべて大企業・先進企業の割合が大きく、給与は高く残業は少ない傾向があります。

一般に大企業は中小企業よりも高賃金ですし、地域による差異もあります。情報サービス業でも、このような企業の特性による違いがあります。
 所定内給与(残業を含まない)は、
  企業規模: 大企業 > 中企業 ≒ 小企業
  業種: SIサービス型 ≒ ソフトウェア開発型 > 情報処理サービス型
  地域: 全国型 ≒ 首都圏型 > 地方型
  資本系列: コンピュータメーカー系 > ユーザ系 > 独立系
の傾向があります。
 所定内労働時間は、差は少ないのですが、給与と逆の関係がみられます。 (図表)

個人を対象にしたアンケート調査

企業を対象にした調査と、個人を対象にした任意のアンケート調査とでは、異なる結果になることがあります。特に残業時間では個人アンケートのほうが大きくなる傾向があります。 (図表)
 特に、ピーク時の残業が大きいのが特徴です。 (図表) (説明)

この違いは、次のような理由によると考えられます。
 企業調査の対象はほとんどが「情報サービス業」であり、IT技術者以外も含む社員全体が対象になることが多いでしょう。個人調査ではユーザ技術者も回答するし、多くのアンケートはWebサイトで行うので、このような調査に関心がある人に限定されます。
 企業調査では、おそらく人事部が把握している数値で回答するでしょう。個人調査では、おそらく自分の直感で回答するでしょう。

給与では、人事部は「会社が支給した金額」なのに、個人は「手取り額」を答えるかもしれません。
 そのため「個人調査のほうが給与が安い」傾向があります。

残業では、人事部のデータは不十分です。
   一般に管理職には残業手当が支給されないので、それが含まれていないことがあります。
   違法ですが、「サービス残業」が行われいるかもしれません。
 個人では、残業が多いときが記憶に残っていることがあります。
 そのため、「個人調査のほうが残業が多い」傾向があります。

なお、労働時間が長いのは他のプロフェッショナルな業種でも同様であり、IT技術者だけが特に長いとはいえないという調査もあります。 (図表)

職種、能力(レベル)による格差

どのような職種でも、能力によって給与に違いがあるのは当然です。年功序列の賃金体系が実力主義や成果主義(参照:「成果主義と自律性」)に移行しています。IT業界では転職、中途採用が比較的多いことから、その傾向が大きいのです。

IT技術者に関しては、人材評価の共通のものさしとして、共通キャリア・スキルフレームワーク情報処理技術者試験などにより、職種と知識・スキルのレベルが、比較的明確になっており、関係者間で周知されています。
 そして、職種やスキルレベルによる格差がかなり大きいのです。 (図表)

ITが経営に密接になっているため、ベンダもユーザ企業の経営課題への解決提案が求められます。そのため、コンサルタントの職種が重要になります。システム化対象業務が複雑になり大規模になる傾向がありますが、それを円滑に達成するためには優れたプロジェクトマネジャーが求められます。ところが、このような職種は極度な人材不足の状況なため、これらの職種でのハイレベルのIT技術者は高収入が得られるのです。
 それに対して、オペレーションやプログラミングなどの職種は、コスト削減の対象になります。オペレーションの自動化により省力化を図る技術や、未経験者でも行える技術が発展してきました。また、プログラムを部品化して共通に再利用するとか、市販のソフトウェアを購入するなど、プログラミング作業の削減を図る技術が発展してきましたし、人件費の安価な中国やインドに頼ることが多くなってきました。これらの理由により、労働集約型の職種は、低い収入になっています。この図表からは読み取れませんが、さらに重要なのは、これらの職種では上位のレベルがあまり要求されないので、30代の後半になると、他の職種にシフトするかIT分野からスピンアウトすることが多くなることです。

IT技術者自身の満足度

IT技術者自身は自分の労働時間や給与に満足しているのでしょうか?
 自虐的に「IT業界の3K」として、
   給与が低い
   帰れない(残業が多い)
   キツイ(ストレスがたまる)
といわれます。それを示したアンケート調査があります。 (図表)
 これと異なり、ベンダ技術者が不満・不安に感じるのは、将来関連や給与関連で高く、仕事関連や残業関連は相対的に低いというアンケート調査もあります。 (図表)

自分の給与に不満なのは、サラリーマン共通の不満であり、どの業種でも似たようなものでしょう。 (図表)

コンサルタントやITアーキテクトなどは、一般に給与が高いからでしょうか、同年代の他業種の人に比べて、自分のほうが高収入だと感じている割合が相対的に高く、逆に、アプリケーションスペシャリスト(システムエンジニア)やソフトウェアデベロップメント(プログラマ)などでは低いようです。 (図表)


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