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経済学の大まかな区分
下図は、このページで取り扱う主な経済理論の位置づけを示したものです。明確には区分できません。また、金融工学を経済理論とするのは強引な感じもします。
ミクロ経済学とマクロ経済学
経済学の中核を成す理論として、ミクロ経済学とマクロ経済学があります。
ミクロ経済学は、消費者や生産者など個別の経済主体の行動に注目し、個人や企業の意思決定の問題や市場における資源配分の効率性などをテーマにします。
マクロ経済学は、国レベルでのGDPや物価などに着眼して、国の経済政策について検討します。
この経済政策には、主張の基本認識から
「小さな政府」市場の自由な活動に任せ、国の介入は最小限にせよ
「大きな政府」公共投資拡大や金融緩和など、国の積極的な政策が重要だ
の2つの理論に分かれます。
計量経済学
計量経済学は、経済を対象にした理論的研究と実証的研究の学際分野です。
ここでは、学問的な定義ではなく、経済理論を数式表現によりモデル化すること、実際のデータをモデルに入れて現実の経済状況を説明する方法論のこととします。
これもミクロとマクロに分かれます。ミクロ計量経済学は新古典派経済学、マクロ計量経済学はケインズ経済学を契機に発展してきました。現在、主流の方法論です。
重商主義(16~18世紀)
オランダ・イギリス・フランスなど絶対王制国家において採用された経済体制です。
国家の冨の源泉を貨幣(金)の量であるとし、輸出を増大させ輸入を抑えて差額を得る貿易差額主義、自国の産業資本の保護育成を行う産業保護主義があります。絶対的権力者と一部の大商人による独占で進められました。
貿易差額主義は、列強の植民地支配競争や保護貿易主義になり、産業保護主義は、18世紀末の(第1次)産業革命により、さらに重視されるとともに低賃金、長時間。劣悪労働環境での労働者階級を生み出すなど、社会的問題も増大してきました。
古典派経済学(アダム・スミス 国富論)
1776年に刊行されたアダム・スミス(Adam Smith)の『諸国民の富』(国富論)により提唱された経済理論です。資本主義経済を本格的に分析した最初の学説です。
古典派経済学の中心思想は、自由主義経済理論であり、冨の源泉を人間の労働に求め、その労働生産性を高めるためには市場における自由な競争が必要であり、国家は企業の経済活動に対し規制や介入を加えるべきではないというものです。自由な人間の活動や私有財産、利潤追求といった資本主義社会と合致する経済思想だといえます。19世紀は古典派経済学の最盛期になりました。
- 国富とは生産物である
重商主義では「国の富=金」であったのに対して、産業の発展や産業革命などの社会変化に注目し、「国の富=生産物」と定義しました。これが以下の理論の土台になります。
- 労働価値説
労働価値説とは、労働力が価値の源泉であるという考え方。交換をするには生産物の価値の基準が必要で、その基準となるのが生産物に投下される労働量である。すなわち、生産物の価値は投下された労働量と等しいといえる。
- 分業論
生産物を増やすには、特定の専門知識や技術を持った人がそれぞれ分業して働らくことによる生産性向上が有効だ。
- 神の見えざる手
自由にすれば、生産者は、分業など最適な労働力配置をするだろう。消費者は労働力という対価のうち、ニーズに合致した購買をするだろう。
自由に商売をしているだけで国富は増加する。国等による規制は行わないのがよい。
- 共感
共感とは、ニーズに合致した購買のこと。悪徳・反社会的な商売は、共感を得られないので、自然に淘汰される。
アダム・スミスの後、リカード(David Ricardo)は自由貿易の利点を具体的に示し、1830年代以降のイギリスの自由貿易主義を実現、現在の自由貿易論にも多大な影響を与え続けてます。古典派経済学を完成させた人物です。
新古典派経済学
これまでの古典派経済学では、商品の価値は労働力によって決まるという労働価値説を基礎にしていました。
それに対して、新古典派経済学では、商品の価値は、効用(商品を消費した際の満足度)よって決まるという効用理論を基礎にしています。
ジェヴォンズ(William Stanley Jevons)「経済学理論」1871年
メンガー (Carl Menger)「国民経済学原理」1871年
ワルラス(Marie Esprit Léon Walras)「純粋経済学要論」1874年-1877年
新古典派経済学は、20世紀を通して発展し、現在のミクロ経済学の基盤になっています。
限界革命
限界(marginal)概念とは、「独立変数の増加に対して、従属変数がどれだけ増えるか」の概念です。数学的には、y=f(x) としたときの微分係数 dy/dx が「限界」の意味です。
例
限界費用:生産量 の増加に対して、費用 がどれだけ増えるか
限界効用:消費 の増加に対して、効用 がどれだけ増えるか
限界収入:販売量 の増加に対して、収入 がどれだけ増えるか
この限界概念は、消費者や企業の行動を論理的に説明できる画期的な理論だとされ、経済学では限界革命といわれています。この概念はミクロ経済学の基本となり、現在に続いています。
消費者行動
- 限界効用
効用とは、消費者がある商品を購入するとき、それによる満足度を貨幣で評価した値です。消費者の主観的で決まります。効用が価格より大なら購入し、小なら購入しません。その境界値を限界効用といいます。
- 限界効用逓減の法則
1杯目のビールは大きな効用があるでしょうが、2杯目、3杯目と続けるうちに、効用は低減するでしょう。
貧困者にとっての10万円は大きな効用があるでしょうが、富裕層にとっては大した効用ではありません。
- 消費者の効用最大化
商品が1種類のとき:効用が貨幣金額より高ければ購入するし低ければ購入しません。
商品が多種類のとき:効用は商品により異なります。
消費できる金額総額をTとし、商品iの購入金額を ti、そのときの効用をfi(ti)とすれば
効用合計=Σfi(ti)→最大 (T=Σti)
となるように商品iを選択します。
企業行動



- 生産関数
資本が一定のとき、生産要素=労働力と考える。
労働力不足のとき:労働力を増すと相乗効果により生産量は急速に向上する → 生産量逓増
労働力余裕のとき:労働力を増しても効率が悪くなり生産量はあまり伸びない → 生産量逓減
→S字型曲線になります
- 等量曲線
等量曲線(等産出量曲線)とは、同じ生産量を生産するのに必要な生産要素(労働・資本)の組み合わせを示したものです。長期対応のときは、投下資本の効用を検討することになります。
設備や機械などに資本投下することにより、労働生産性が高まり、労働力を少なくすることができます。しかし、必要以上の資本投資では投資に見合った労働生産性向上は得られません。限界があります。
安い賃金での労働力が得られる場合は、限界値は低くなりますし、逆の場合では高くなります。
- 総費用関数
限界費用:最大利益を生む生産量近傍において、生産を1単位増加させたときの総費用の増分のこと。
生産量<最大利益生産量のとき限界費用は低く、生産量>最大利益生産量のとき限界費用は高くなる。
価格の均衡
- 消費者は、「効用-価格」が大になるように商品を選択する。
- 生産者は、生産関数や等量曲線により限界費用を高くする努力をするが、価格設定が、生産者の限界費用より高いと生産しない。
- 価格は、需要と生産のバランスにより、一定の価格に収斂する。
初期の新古典派経済学
初期の新古典派経済学では、次のような仮定をしていました。
完全競争・完全情報の市場を仮定:無差別の法則、一物一価の法則とも呼ばれます。
経済人の仮定:消費者も生産者も、効用最大化に基づいて行動します。それを経済人といいます。
- どの店にどの商品がいくらで売られているのかといった情報を、全員が知っており、効用最大化の行動をするため、ある店の値段が高いと買われなくなります。
- ある店が値下げをすると、他店も同様の水準まで下げます。そのため、どの店も価値が同一になります。
- 本来は、個人により効用は異なります。研究者も理解していたのにあまり重視していないようでした。そのため、市場は単一市場として扱っているのが一般的でした。
新古典派経済学の仮定の打破
20世紀の中頃になると、上述の仮定を打破したモデルが提唱されました。
- 不合理的行動
サイモン(Herbert Alexander Simon)は。『経営行動』(1945年)で、経済人が完全な情報を完全に利用して最大化を追求しているのに対して、現実には「限定合理的」行動により「満足化」で良しとする経営人を対象とした行動経済学的なアプローチが必要だとしました。
- 不完全情報
消費者も生産者も、完全情報を得ることは不可能です。むしろ、知っている情報は少ないのが現状です。限られた情報で意思決定をすると、不適切な決定による機会損失のリスクが生じます。そのリスクを評価したモデルが提唱されています。
商品について、消費者が持つ情報は生産者よりも乏しいのが現実です。それを情報の非対称性といいます。情報の非対称性が生じている状態では、競争市場の自律的な機能は阻害されて、社会全体に対する不経済が生じる「市場の失敗」を生み出す原因のひとつとなります。
- 市場細分化
限られた経営資源を有効に活用するには、市場を単一市場として扱うのではなく、地理的変数・人口統計的変数・心理的変数・行動的変数の4つの視点で市場を分割し、限定した市場に集中することが重要です。
アプリオリ・セグメンテーション:基準変数の選定後に消費者を区分
クラスタリング・セグメンテーション:消費者行動のデータをもとに区分
マルクス経済学
19世紀の終わりころには、産業革命の波は世界中に広まり、生産力は急激に上昇しました。それと共に、資本家と労働者の格差の拡大が目立つようになりました。また、1878年にイギリスで発生した世界的構造不況は、資本主義のもつ脆弱性を顕在化させました。
カール・マルクス(Karl Marx)は、資本主義社会を分析して、自由放任主義的な経済理論を否定する論拠を、1887年に『資本論』として刊行しました。これが、マルクス経済学の基礎となりました。
唯物史観
唯物史観とは、社会を、文化や政治など観念的な部分を上部構造、生産や消費など物質的な部分を下部構造としたとき、下部構造が進歩するにつれて、上部構造である政治や文化のあり方も変化するので、その逆ではないという考え方です。
資本主義=労働力搾取
- 労働価値説
「労働力がものの価値を決める」ことはアダム・スミスと同じですが、それを二つに区分しています。
使用価値:使って役にたつこと、つまり生産物の有用性のこと
交換価値:生産物を交換・購入、販売する時の価値。交換価値をさらに潤滑にするため誕生したのが「貨幣」
労働も商品生産の構成要素なので、 労働力も売買の対象になる。
- 疎外 「労働者は自分の労働力しか売れない」
労働者は自分の労働力しか保有していません。一方、資本家は生産手段である工場や商品の素材(資本)を所有しています。
労働者は自分の労働力で作った商品は、資本家の所有物となってしまいます(労働生産物からの疎外)。
労働者の「労働」そのものも、強制されたものであり、労働者自身は自己実現の喜びを得られないものである(労働からの疎外)
疎外された労働は生存手段でしかない。
- 剰余価値説
剰余価値とは、資本家が労働者に支払った価値以上に働かせて搾取している価値
絶対的余剰価値:同じ賃金で労働者を長い時間働らかす。
相対的余剰価値:効率化、機械化に労働生産性を高め、逆に投下する労働時間の数を減らす。
- 資本蓄積と労働者の産業予備軍化
資本家にとって、長期にわたり競合他社に勝ち生き残るために、機械設備の導入など相対的余剰価値を追求する必要がある。
相対的余剰価値追求の結果、失業者は増大。定職を持たない予備軍になる
→悪条件でも職を得ようとする→絶対的余剰価値の増大→資本蓄積の増大 のループ
資本主義と不況・恐慌
- 不況のメカニズム
得た利潤のすべてを次の商品の生産に充てるわけにはいきません。そこで、富を貯蔵する手段として貨幣を使うことになります。
将来に不安が大きいほど、資本家は富を貨幣という形で貯蔵します。
その場合、投資の需要は小さくなり世の中で購入される生産物の量が減少します。これが「不況」です。
- 恐慌発生のメカニズム
将来に対する予測がポジティブなら、資本家は多くの資本を投資して新しい商品を作ります。
その場合は世の中で購買される商品の数が増えて「好況」になりますが、多くの商品を生産しようとすれば多くの労働力が必要になります。
社会が持つ労働力には上限があるため、労働者の賃金は上昇し、資本家が得られる利潤は減少し、やがて「不況」に転換します。
この「不況」のより激しい状態が「恐慌」です。
社会主義・共産主義
マルクスは、資本主義は大きな社会矛盾とリスクを内蔵しているので、早晩崩壊するだろうし、崩壊させるべきだとして、資本主義に代わるものとして
社会主義:生産手段の社会的共有・管理によって平等な社会を実現しようとする主義
共産主義:資本や財産の私有を認めず、労働者階級による国有財産とし、生産物は均等に分配しようとする主義
(社会主義は共産主義の通過段階と位置付ける)
を提唱しました。そして、1848年にエンゲルスと「共産党宣言」を発表しました。
「これまでの社会のすべての歴史は階級闘争の歴史である」として、プロレタリアート(労働者階級)による革命を主張しています。
その後、1917年のロシア革命により、史上初の社会主義国家であるソ連邦(ソビエト社会主義共和国連邦)が樹立しました。しかし、国内外の対立により、次第に党や個人の独裁化へと進み、1991年のソ連邦崩壊とともに、共産主義国家実現という壮大な実験は達成されないままに消滅してしまいました。
それと共に、マルクス経済学も勢力を失ってしまいました。
ケインズ経済学
ケインズ経済学とは、ケインズ(John Maynard Keynes)の、『一般理論』(『雇用・利子および貨幣の一般理論』1936年)を出発点に中心に展開された経済学(マクロ経済学)のことです。経済の発展には政府による積極的な経済政策が必要であり効果的であると提唱しました。
世界恐慌
- 暗黒の木曜日(1929年3月28日)
26日にイングランド銀行が金利を引き上げ、アメリカの資金がイギリスへ流れた。28日にはゼネラルモーターズの株価が急落したのをきっかけに米株式市場全体が売り一色となり、株価は大暴落した。
- 世界恐慌
米国の株価大暴落・金融不安の波は世界中に広がった。多くの金融市場が機能を停止、大量の失業者が発生した。特に米国経済への依存が深い脆弱な国では国家経済も連鎖的に破綻した。
- 政策の失敗
フーヴァー大統領は、古典派経済学の信奉者であり、国内経済において自由放任政策や財政均衡政策を採った。
暴落の後、連邦準備制度理事会 (FRB) は、金の保有を重視しマネーサプライに回さず、景気の改善は進まなかった。
- ニューディール政策
1933年に当選したルーズベルト大統領は、金本位制の停止、農業調整法やテネシー川流域開発公社など国の積極的な経済政策を実施しました。それをニューディール政策といいます。これにより、限定的ではありますが、米国経済が立ち直る方向に進みました。
ケインズ経済学の概要
このような経済での重大事態に際して、従来の経済理論が適切な対応手段を提供できなかったことへの分析が、ケインズ経済学が出現した要因だといえます。
本質的に不安定な市場経済を安定させ,適切な雇用と所得を達成するためには,政府による積極的なマクロ経済政策が必要だとする理論です。少なくとも当時では、この有効性が認識され、各国の経済政策の基礎となりました。
- 有効需要
新古典的経済学では、需要と供給により経済が均衡するとされていました。しかし、単に欲しいと思っても、買うお金を持っていなければ実際の需要にはなりません。有効需要とは実際の貨幣支出をともなう需要、実際に経済に影響を与える需要のことです。
有効需要が大きいほど生産水準も高くなるし、その逆も成立する。すなわち、生産水準の大きさはの大きさで決まるので、有効需要が雇用量や国民所得といった国の経済水準を決定することになります。
- 不完全雇用
失業者には、
非自発的失業者:働く能力・意思はあるが、雇用機会がないことによる失業
自発的失業者:賃金や職場環境などを理由に、自発的に就業を拒否することによる失業
があります。非自発的失業者が多くなると需要と有効需要の差異が大きくなります。
完全雇用とは、非自発的失業者がいないような状態です。完全雇用は理想ですが、現実には実現しません。いかに非自発的失業者を減らすかが課題になります。
- 従来の均衡財政の矛盾
ケインズ以前の財政政策は、常に財政の支出と収入が等しい状態をよしとする均衡財政が主流でした。これは景気が安定している環境では適切な政策でしたが、不況な環境では、不適切なものになります。
不況な環境では、企業の利益が下がり、労働者の解雇や給料減少などを行う(注)
家計が厳しくなるので、有効需要が減少する
企業や家計が厳しくなると、政府の税収が減少する
均衡財政を保つために、政府支出を抑えたり、増税したりする
その結果、政府による有効需要が減少し、企業の生産が下がり利益が下がる。非自発的失業者が増加する。
このスパイラルにより、不況がさらに加速してしまいます。
(注)ケインズの賃金論
賃金は、使用者と労働者の間の交渉によって決められるが、それは物価を考慮した実質賃金ではなく名目賃金である。
名目賃金の切下げは、法律や賃金協定によって実施されることは少ない。
賃金切下げは、不況を改善するどころか、有効需要が減少して、かえって悪化させてしまう
富裕層は、物価がより低下し貨幣価値が上がるのを待ち、支出には積極的にならず有効需要の増加にはならない。
ケインズは、不況時には、有効需要増加のために政府の積極的な経済政策が必要だと提唱しました。
金融政策:中央銀行による利子率変動、通貨流通量など
財政政策:政府による公共事業とそのための国債発行など
- 金融政策(利子率と利潤率)
ケインズは、社会を労働者階級・企業家階級・金利生活者階級の3階級で把握しました。金利生活者階級は、
利子率:銀行預金による貨幣の増加割合
利潤率:事業への投資による貨幣の増加割合
の大小関係で行動を変えます。このうち国(中央銀行)がコントロールできるのは利子率です。
利子率>利潤率の場合は事業投資が低下するので経済が停滞します。経済回復のために、中央銀行は利子率切り下げの政策をとります。
その手段としては、
公定金利(中央銀行から銀行への貸出金利)の切り下げ
貨幣供給量の増加(金融緩和)
があります。後者では金本位制の撤廃が前提となります。
しかし、金融政策だけでは、その資金が有効需要に与える影響は(特に短期的には)限界があります。
事業への投資による利潤率への効果は長期的なものである
投資にはリスクが伴う。将来の景気改善が不透明だと、金利生活者階級は、投資を減らし貨幣にしてしまう
貨幣供給量の増加が貯蓄(企業では内部留保)に回される傾向がある
- 財政政策(公共投資・国債発行)
政府が積極的に公共事業を推進することにより、企業の受注が増大し、雇用が創出され、有効需要増加が増加します。
公共事業を推進するには、国庫に資金が必要ですが、貨幣供給量の増加は国庫に入りません。増税に頼るのでは逆効果になります。
ケインズは、国債発行が適切だとしました。
国債発行は国の借金で将来の家計を苦しめることになりかねませんが、早期の不況脱出による税収増加で解決すると主張しました。
マクロ経済学
ケインズ経済学のように主に国レベルの経済政策を対象にした経済学をマクロ経済学といいます。
また、ケインズ経済学では、理論を数式で表現したモデル化をして、その数式を用いて理論の展開をするのが特徴です。数式モデル化は新古典派経済学でも行われていましたが部分的でした。ケインズ経済学では数式モデルが理論展開の中心になっています。
ここでは、ケインズ経済学およびその展開におけるマクロ経済を、数式モデルとした理論を「マクロ経済学」ということにします。主なモデルは次の3つです。
45度線分析:財市場を分析
IS-LM分析:財市場に貨幣市場を加えて分析
AD-AS分析:財市場に労働市場と貨幣市場を加えて分析
(注)名称では「○○曲線」なのに図では直線になっています。正確には下に凸の曲線になることが多いのですが、単純にするため、直線にしています。
国民所得
- GDP(Gross Domestic Product、国内総生産)
国内で、一定期間に生み出された付加価値を集計した値です。国内居住の外国人による付加価値は含まれ、海外居住の自国人による付加価値は含まれません。
通常は、国民所得=GDPです。記号Yを用います
三面等価の原則
国民所得が「生産面」「支出面」「分配面」のいずれからみても等しいという原則です。
- 生産面
生産されたもの、つまり誰かが作ったものが「付加価値」となるには、誰かがそれを買わなければなりません。
Ys:(供給:supply)面からみた国民所得
=産出(yield;Y)
- 支出面
買うこととはお金を使うことですから、これは「支出面」になります。
Yd:支出(消費:demand)面からみた国民所得
=消費(Consumption:C)─┬ 単純モデル
+投資(Investment:I) ─┘
+政府支出(Government expendituret:G)
+輸出(Export:X)
-輸入(Import;M)
- 分配面
お金が使えるということは、それだけのお金が手もとに入ったということですから、これは「分配面」になります。
Yc:分配面からみた国民所得
=消費(Consumption:C)
+貯蓄(Saving:S)
+税金(Tax::T)
- 三面等価
Ys=Yd=Yc=Y
産出(Y)
=消費(C)+投資(I)+政府支出(G)+輸出(X)-輸入(M)
=消費(C)+貯蓄(S)+税金(T)
45度線分析
供給と需要の関係を上述の「単純モデル」で考えます。
- 需給均衡式
総供給=総需要 → 国民所得=産出(Y)=消費(C)+投資(I)
- 消費関数
消費(C)=基礎消費 + 限界消費性向×国民所得
=C0 + C1×Y
- 均衡国民所得(Y*)
連立方程式
需給均衡式 Y = C + I
消費関数 C = C0 + C1×Y
→Y=1/(1-C1)×(C0+I)
ここで、投資を一定値 I0 としたときのYを均衡国民所得(Y*)といいます。
- 投資乗数
基礎消費(C0)は変化しないとすれば、1/(1-C1)は、投資を変化させたときの均衡国民所得が変化する割合になります。これを投資乗数といいます。
限界消費性向(C1)は、「お金が入ったらどれだけ消費するか?」の割合です。どんどん使うほど、経済は活性化します。
限界消費性向が高いほど、乗数効果は大きくなります。

- 45度線(上左図)
45度線とは、横軸に総分配(Y)を、縦軸に総供給(Ys)と総需要(Yd)をとり原点から右上に45度の直線を引いたものです。
YとYsの関係は、総供給=総需要なので45度線に一致します。
YとYdの関係は、Y=0(総需要がない)ときもC0+I0の投資支出が必要です。傾きはC1(限界消費性向)ですので、0<C1<1(45度より小の右上がりの線)になります。
そして、2つの直線の交点はYs=Ydのときは、供給と需要が均衡した安定状態になります。そのときの国民所得が均衡国民所得(Y*)になります。
均衡国民所得(Y*)は不完全雇用状態ですが、もし完全雇用状態の均衡国民所得を Yf とすれば、Y*<Yf であり、Yf において、Ys(総供給) > Yd(総需要) のときは供給過剰なので、経済は不況になる傾向があります。この差をデフレギャップといいます。
- 投資増加による効果(上右図)
Yd(総需要) の切片 C0+I0での C0 は基礎消費ですので固定値ですが、I0 は政策により変えることができます。積極的な公共投資を行うことにより企業の事業拡大を誘発したりすれば、Yd(総需要) の直線は赤線のように上部にシフトします。
その結果、交点は黒点から赤点に移動し、均衡国民所得(Y*)は増大します。Yf に近ずくことは、非自発的失業者が減少することです。
デフレギャップが縮小します。これは、均衡状態が安定化することを示します。
ケインズの「不況脱出には政府の積極的財政政策が有効だ」という主張の数学的説明になっています。
- 限界消費性向(C1)の影響
図は省略しますが、C1 はYd(総需要) の勾配ですから、C1 を大にすることによっても Y* を大きくすることができます。
限界消費性向を大にするには、例えば公定歩合の引き下げにより、貯蓄を投資に回すようにする政策があります。
IS-LM分析
45度線分析では財市場だけを対象にしているのに対して、IS-LM分析では財市場に貨幣市場を加えた分析です。財政政策や金融政策の効果に関する理論です。
I:投資(Investment)
S:貯蓄(Saving)
L:貨幣需要(Liquidity)
M:貨幣供給(Money Supply)
IS曲線


財政政策に関する図式化です。IS曲線は、投資と貯蓄の関係を、Ys(総生産)=Yd(総需要)の均衡、すなわち、財市場での均衡状態において、利子率(r)とGNP(Y)の関係を図にしたものです(上左図の赤線)。
IS曲線は次のようにして作成できます。
- 投資曲線
利子率を大にすれば投資をするより貯蓄するほうが有利です。利子率を小にすれば投資が増加します。
そして、いくつかの利子率における投資の大きさは想定できる。すなわち、投資曲線は事前に作成できるとします。
- 45度線
利子率による投資額がわかれば、それぞれの投資額における供給需要均衡点となるときのGDPが算出できます。
- IS曲線
投資曲線での利子率と45度線のGDPから、IS曲線を作成できます。
公共事業や減税などの財政政策により、投資を大にすると、45度分析により、GDPが増加した点で均衡します。
- 投資の利子弾力性
投資の利子弾力性tとは、GDP(Y)を1単位変化させたときの利子率(r)の変化量です(ここでは d = dr/dY としましたがYと投資(I)は比例関係にありますので、d = dr/dI としても、値そのものは変わるが、大小関係は同じになります)。
d が大ならば傾きが大、d が小ならば傾きが小になります(上右図)
投資の利子弾力性tは、環境に左右されるものであり、政策によるコントロールはできませんが、
・投資曲線での「利子率における投資の大きさの想定」での参考になる
・金融政策の影響の程度を推定する参考になる
などに役立ちます。
LM曲線の前提
貨幣需要(L)と貨幣供給(M)が一致するとき、貨幣市場が均衡します。LM曲線は。国民所得と利子率の組合せを示したものです。
- 資産=貨幣+債権
ここでの資産とは貨幣と債権(主に国債)だけを対象にします。土地や株式などは対象外です。
貨幣には現金と預金があり、マネーストック(またはマネーサプライ)といい、記号をMとします。
貨幣は、安全資産(比較的価値が変動しない)、流動性が大きい(商品などとの交換が容易)の特徴があります。債権がその逆です。
ここでの債権とは、国債を対象にしています。国債を持つと毎年表面利率による利子と満期(償還期間)に元本が得られます。
債権は中途で売買できます。その価格が高ければ債権の実質金利は低くなり、安ければ実質金利が高くなります。
- 実質貨幣供給(Ms)
取引目的の貨幣価値は。貨幣の名目価値ではなく、その貨幣で商品が何個買えるかという実質価値であるべきです。それには物価(P)で補正する必要があります。
MS = マネーストック(M)/物価(P)
しかし、(当時の)マクロ経済学では、物価は固定していると仮定しています。
実質貨幣供給曲線は、右図のように垂直な線になります。
- 貨幣需要(L)
貨幣需要とは、資産のうち貨幣として保有したい(それ以外の資産は債権になる)額のことです。流動性選好ともいいます。
L(貨幣需要)
=L1(貨幣の取引需要)
+L2(貨幣の資産需要)
取引需要とは、主に商品を買うために必要な貨幣(高流動性)です。「GDPが増加→L1の増加」の関係があります。
資産需要とは、将来の不確実性にそなえる安全資産としての需要です。債権を購入する機会のために持つ投機的な動機もあります。「利子率(r)」が上昇→債券価格が下落→債券需要が増加→貨幣の資産需要(L2)が減少」する。すなわち、「利子率(r)が増加→L2の減少」の関係があります。
以上をまとめると、次の式になります。
L↑ ← L1↑(←Y↑) + L2↑(←r↓)
現実には、利子率が0になることは稀です。0に近くなった状態では、L2を増大しても利子率は下がりません。それで、貨幣需要曲線はL字型になるとしています。
LM曲線の作成
上図において、過去の均衡点(黒点)が、GDPが拡大したときの均衡点(緑点)に変化するとします。
- ① GDPが増大するとは、取引が増大することなので、貨幣の取引需要すなわちL1が増大します。
- ② これまでの均衡利子率が続くとすれば、貨幣需要は②になり、供給不足になります。
-
- ③ 供給不足の環境では、利子率が高くても貨幣を得たいと思うでしょう。このとき、他の要因に変化がないとすれば、貨幣需要曲線の傾きは同じになり、右にシフトして、利子率は貨幣供給曲線との交点 r大で均衡します。
- ④ これを横軸をGDP、縦軸を利子率の図にすれば、④の点になります。
同様に、GDPが減少した(不況になった)ときは、赤線のようになます。
これを整理すると、
GDP増加→貨幣需要曲線が右にシフト→利子率が低くなる
GDP減少→貨幣需要曲線が左にシフト→利子率が高くなる
となります。
GDP(Y)と利子率(r)の関係を図示したものをLM曲線といいます。
LM曲線に影響を与える要因
ここでは、「貨幣需要曲線が右にシフト→利子率が低くなる」要因として、GDP増加と同じ影響をあたえる要因や結果を考えます(GDP減少はこの逆)。
- 貨幣供給量の増加
貨幣供給量(マネーストック、M)の増加が、GDP増加と同じ効果があるのは自明でしょう。
貨幣供給量は中央銀行の金融政策によるものです。
- 物価の下落
実質実質貨幣供給(Ms)=マネーストック(M)/物価(P)ですから、,物価水準の下落は、実質貨幣供給量の増加と同じこうかがあります。
- 債権の売却
「資産=貨幣+債券」ですから、債権を売却することは貨幣供給量の増加になります。債権の売買は証券会社などで行われ、証券会社が債権価格を設定するのが通常です。
因果関係を逆にすることは、必ずしも成功するとは限りませんが、例えば、貨幣供給量の増加(金融緩和)や利子率の低下(ゼロ金利政策)などがGDP増加(景気好転)の政策として効果があるともいわれています(ケインズ経済学の主張)。
IS-LM曲線
IS曲線とLM曲線を、まとめたものです。財政政策や金融政策が財市場と貨幣市場に与える影響を同時に分析できます。
縦軸がGDP(Y)、横軸が利子率(r)になっています。
IS曲線:財市場が均衡する点の集合。右下がりになる。
LM曲線:貨幣市場が均衡する点の集合。右上がりになる。
現在の状況は太線になっています。その交点(黒点)は、財市場と貨幣市場が同時に均衡する点であり、そのときのGDPはYe、利子率はreです。
- 財政拡張政策
財政拡張政策とは、不況回復のため、政府が公共事業の拡大や減税を行うことです。
財政政策に関する曲線はIS曲線ですが、GDPを増加することになるので、IS曲線は右にシフトします(赤細線)。
LM曲線での構造に変化ないとすれば、赤細線と青太線の交点(赤点)が新しい均衡点になります。
すなわち、財政拡張政策により、GDPは増加し、利子率も増加します。
(注)利子率が上昇すると投資が減少し、GNPが減少します。それをクラウディング・アウトといいます。
- 金融緩和政策
金融緩和政策とは、デフレ脱却のために、中央銀行が政策金利の低下や貨幣流通量の増加などを行うことです。ここでは、利子率の低下を対象にします。
利子率を下げることは、LM曲線を下方にシフトする(青細線)ことです。IS曲線に変化がないとすれば、均衡点は青点になります。
すなわち、金融緩和政策により、利子率は下がり、GDPは増加します。
(注)金融緩和政策により利子率が一定水準以下に低下した場合、投機的動機による貨幣需要が無限大となり、いくら金融緩和政策を行っても景気刺激策にならない状況になります。それを流動性のワナ(Liquidity Trap)といいます。
AD-AS分析
AD-AS分析とは、AD(Aggregate demand, 総需要)とAS(Aggregate supply,総供給)関係を通して物価とGDPを説明するマクロ経済モデルです。IS-LM分析が財市場と貨幣市場を対象にしているのに対して、AD-AS分析では、労働市場を分析対象に加えています。
企業は、労働者を雇用しますが、企業が労働力を購入するともいえます。労働力を取引する市場のことを労働市場といいます。
労働市場では、賃金(W)、P( 物価)、失業率が主要な要素になります。
なお、ここでは、YをGNP(国民総生産)ではなく、国民所得として捉えます。
AD曲線(総需要曲線)
財市場と貨幣市場を同時に均衡させる物価と国民所得の組み合わせを表わす曲線です。その作成方法を示します。
ここまでにIS-LM曲線が作成されている。すなわち、
値:Ye、re、M、Pe
曲線:図の太線
が既知であるとします。
AD曲線は、大点だけが既知です。目的は傾きを求めること、すなわち他の小点の座標 Y大 を求めることです。次の手順で求めます。
- ① 物価が均衡値 Pe から P大 に上昇したとします。
- ② 物価が上がったので、実質貨幣供給曲線は左にシフトします。
- ③ 実質の貨幣供給が少ないので、利子率が上昇します(インフレ時には高金利になる)。
- ④ IS曲線は、利子率(r)と国民所得(Y)の均衡点の曲線です。利益率が上昇すると国民所得が減少した点 Y大 で均衡します。
このように、物価が上がれば国民所得は減少します。それでAD曲線は右下がりになります。
政策のAD曲線への影響

- 財政拡張政策の影響(左図)
財政拡張政策は、IS曲線を右にシフトします。IS-LM分析だけでも、国民所得が増加することになります。
物価に変化がないならば、AD曲線は右にシフトし、均衡点は①から②に変化します。これからも国民所得が増加することになります。
しかし、景気がよくなると物価が上昇するkとがあります。政策とともにインフレが発生するとAD曲線の均衡点は③になります。国民所得の増加分が小さくなったり、さらには、かえって国民所得が減少してしまうこともあります。
- 金融緩和政策の影響(右図)
利子率の切下げを行うと、IS-LM分析だけでも、国民所得が増加することになります。
物価に変化がないならば、AD曲線は右にシフトします。その影響は「財政拡張政策の影響」とほぼ同じです。
AS曲線(総供給曲線)
AS曲線は、横軸に国民所得(Y)、縦軸に物価(P)をとり、物価と国民所得の均衡点を曲線にしたものです。
雇用環境と賃金(実質賃金)の関係
名目賃金をW、物価をPとすると、実質賃金率はW/Pになります。
需要とは会社側の求人、供給とは労働者側の求職のこととします。
労働供給曲線とは、労働者が雇用されている数です(厳密には労働時間ですが、ここでは労働時間は一定とします
)。高賃金なら就職したり残業したり(供給の増加)したいが、低賃金ではそうは思わないでしょうから、右上がりになります。
労働需要曲線とは、企業が求めている労働力です。全体の労働力が一定だとすれば、「労働需要曲線=一定-労働供給曲線」ですから、右下がりになります。
雇用数がNfのとき、実質賃金が(W/P)f で均衡しているとします。
Nfより左側の超過需要とは、人手不足の状態です。労働需要は高く、賃金を上げても労働者確保をします。労働者は売り手市場なので、安い賃金では就職しない状態です。しかし、高賃金につられて就職が進むので、次第にNfに近づきます。
Nfより右側の超過供給よは就職難の状態です。企業は求人活動をしないので、労働需要曲線は下がります。利益を上げるために賃金を下げようとします。労働者は、低賃金であっても生活のために就職したいと思います。それにより、次第にNfに近づきます。
完全雇用状態
働きたい人が全て雇用されていることを完全雇用状態といいます。
完全雇用状態では「労働供給=労働需要」ですので、N=Nf になります。
物価水準が変動しても、働きたい人の総数は変わらないため、国民所得は変わりません。
横軸を国民所得、縦軸を物価とするAS曲線は垂直になります。
古典派経済学では、完全雇用状態を仮定していました。それで、古典派経済学でのAS曲線は、右図にようになります。
不完全雇用状態
現行賃金水準で就業をを望んでも、就業機会を得られない労働者も存在し、非自発的失業が発生します。それを不完全雇用状態といいます。
ケインズは、むしろ不完全雇用状態が通常であり、その場合でも均衡が存在することを示しました。
そして、完全雇用が達成された後は、AS曲線は垂直になるが、それまでは、右上がりがりになること、また、縦軸は実質賃金ではなく名目賃金を用いるべきだと主張しました。
- 労働供給曲線
企業が名目賃金を下げようとしても、労働組合の抵抗、法律による最低賃金の設定、労働者の生産性低下などにより、かなり困難になります。それを「名目賃金の下方硬直性」といいます。
それで名目賃金は固定されます。
ここでは不完全雇用状態を対象にしています。失業者は、与件の名目賃金でも機会があれば就職したいと思います。
それで、不完全雇用状態では労働供給曲線は水平になります。
- AS曲線
物価が上昇すると、同じ名目賃金であっても、実質賃金は低下します。労働者は生活のために就職しようとします。そのため、不完全雇用状態では、AS曲線は右上がりになります。
完全雇用状態では、前述のように垂直になります。
- 財政拡張政策の影響
公共工事の拡大は、労働需要を増加させます。労働需要曲線は右にシフトします(太線→細線)。雇用数はN1→N2に増大し、国民所得はY1→Y2に増加します。AS曲線が右上がりですので物価はP1→P2に上昇します。
AD-AS分析
IS-LM曲線とAD-AS曲線を用いて、政策が国民所得と物価に与える影響を検討します。
AD曲線(下図茶太線)は総需要曲線、AS曲線(下図紫太線)は総供給曲線ですから、その交点(下図の黒丸)は需要と供給が均衡したときです。均衡したときの国民所得と物価を示しています。
現在は、労働需要と労働供給は、国民所得 Y1、利子率 r1で均衡しており(IS-LM曲線の太線)、そのときの物価はP1です(AD-AS曲線の太線)。
- 財政拡張政策の影響
現在は、労働需要と労働供給は、国民所得 Y1、利子率 r1で均衡しており(IS-LM曲線の太線)、そのときの物価はP1です(AD-AS曲線の太線)。
公共投資などの財政拡張政策を講じると、IS曲線の説明で述べたように、IS曲線は右にシフトします(赤細線)。
それにより、国民所得はY1からY2へ増加します。
AS曲線(紫太線)は、物価が上がったときの求職者の増加を示したものですから、政策の影響は受けません。
それで、AD-ASでの均衡を得るには、黒点が赤点に移動する、AD曲線が右にシフトすることになります。
そのときの物価はP2になります。
すなわち、財政拡張政策を採用すると、国民所得は上昇する(景気が好転)が、物価も上昇する(インフレになる)結果になります。
- 金融緩和政策の影響
主要な金融緩和対策に、中央銀行の公定歩合引下げがあります。多くの利子率は公定歩合に連動しましので、ここでは、金融緩和政策とは利子率を下げることだとします。
金融緩和対策として、利子率をr1からr3に引き下げます。
利子率が下がると、LM曲線は下方にシフトします(青細線)。
国民所得は、Y1kらY3へ増加します。
そのときのAD-AS曲線の均衡点は青点になります。
物価は、P1からP3へ上昇します。
すなわち、金融緩和政策は、政拡張政策と同様に、国民所得は上昇する(景気が好転)が、物価も上昇する(インフレになる)結果になります。
(注)フィリップス曲線
フィリップス曲線(Phillips curve)とは、失業率を横軸に、賃金上昇率を縦軸にとると、右下がりの曲線になる、すなわち、「物価が上がると失業率が下がる」という理論です。ケインズ経済学の前提理論になっています。
(注)インフレの原因とスタグフレーション
上述の政策は、AD曲線がシフトしてAS曲線は変化しないという前提でした。そして、共に物価上昇(インフレ)の影響がありました。
このように、総需要サイドが原因となって発生するインフレをディマンド・プル・インフレといいます。
原材料価格や流通コストなどの上昇は、原則として商品の値上げ(物価上昇)になります。コスト上昇によるインフレをコスト・プル・インフレといいます。
物価上昇は、現在のAS曲線(紫太線)を上方にシフトした(紫細線)ことに相当します。
AD曲線(茶太線)が変化しないとすれば、均衡点は左上の移動します。
結果として、物価はP1からP2へ上昇し、国民所得はY1からY2へ減少します、
すなわち、経済不況(stagnation)とインフレ(inflation)が同時に起こるスタグフレーション(stagflation)になります。
新自由主義経済学
1970年代の世界経済
- 経済ショック
1971年に、ニクソン大統領は、金とドルの交換停止を発表しました。それに連動して、各国通貨のドルとの交換が変動相場制に移行しました。各国の貨幣は金の保証を失ったのです。これは、世界経済の枠組みの大幅な変化を招きました。これをドルショック(ニクソンショック)といいます。
さらに、1973年には第四次中東戦争を機に第1次オイルショック、1978年にはイラン革命を機に第2次オイルショックが発生しました。
こうして経済動向が不明確化・不安定化し、経済危機に直面するようになったのです。
- スタグフレーション
本来ならば、景気が鈍化すると、失業者の増加や賃金低下により購買力が下がり、物価は下がるはずですが、戦争や石油禁輸などがあると、労働力が減少、原料や流通の高騰などにより物価が上昇します。また、物価の上昇に対して通貨発行で対処すると、通貨の価値が低下して物価が上昇するスタグフレーションになります
このようにして、スタグフレーションになるのです。
1970年代の米国ではスタグフレーションが起こり、約10年間続きました。
- インターネットとグローバリゼーション
経済活動が、旧来の国家や地域などの境界を越えて、地球規模に拡大、同一ルールによる市場になりました。
同一ルールの適用は、国家間、地域間での格差を生み出しました。
国際競争力の育成・強化が重要になり、経済政策が複雑化しました。
経済政策は、一国で実現するのは限界があり、国家間での協調が重要になりました。
多国籍巨大企業による寡占化が進み、それらとの関係が経済政策に影響を与えることもあります。
金融企業では、巨大ファンドが出現し、金融工学やリアルタイム売買が通常になりました。
その影響は、政府や中央銀行の経済政策に大きな影響を与えています。
経済環境の激変により、国内でも勝ち組・負け組の格差が増大しました。 -
新自由主義経済学
このような経済環境の激変に際して、ケインズ経済学は適切な処方箋を提供できませんでした。政策適用の失敗により事態を悪化することもありました。
ケインズ経済学が「大きな政府」による積極的な経済政策(介入)を唱えたのに対して、新自由主義経済学は、政府による個人や市場への介入を最低限とする「小さな政府」を提唱する経済学上の思想です。
フリードマン(Milton Friedman)『資本主義と自由』1962年がこの基礎になっています。
- 経済の自由主義
経済環境が不確実で激変する環境においては、それに対応する適切な経済政策を探索するのが困難である。しかも、それを官僚に託するのは不適切だ。
政府の経済への介入は、官僚による規制強化になり、企業や市場の活動を妨げ、変化への対応を妨げ、経済が停滞する。
社会的市場経済での個人の自由や市場原理を再評価すべきだ。
- ケインズ経済政策批判
大きな政府は公務員増になる。増税により国民の負担増になる。
財政拡張政策での公共工事は、その財源は国債など国の借金であり、国家財政の破綻につながる。
また、公共工事は、目的や対象が経済的に費用対効果が悪いことがある。民間企業を圧迫することもある。
金融緩和政策での利子率引下げは、物価は上昇するものの、経済活動への刺激に成功せず、スタグフレーションを招く原因になる。そもそもケインズ経済政策はスタブレーションを説明できていない。
このように、ケインズの経済政策は、現状では不適切になっている。
- 各国政府での採用と副作用
80年代のイギリスのサッチャー政権、アメリカのレーガン政権、日本の中曽根内閣などの経済政策に大きな影響を与え、いずれも「小さな政府」を掲げて公営企業の分割民営化、規制緩和などが行われました。
しかし、その市場万能主義は、勝ち組と負け組の格差拡大、官僚と大企業の癒着、企業の無責任な利益追求主義行動などを増長しているという批判が増加しました。
マネタリズム(貨幣主義)
新自由主義に似でいますが、貨幣供給量が総需要を変化させる最も重要な要因であり、通貨政策が最重要だとする考え方です。
新自由主義は、市場に競争原理を取り入れることが重要で、政府は経済政策に介入せず「小さな政府」であるべきだとする主張です。マネタリズムは、金融政策において、中央銀行は物価調整について金融緩和や金融引きめするのではなく、貨幣流通量そのものが中長期的な物価を規定すると主張します。すなわち、両者は対象が政府か中央銀行かの違いがあります。
- スタグフレーションの説明
物価が上がると、実質賃金が下がるので、名目賃金の賃上げを要求する。名目賃金が上が上がれば物価が上がっても購入量は変わらない。しかしこれは就職者だけに限定したことである、
企業は、物価が上がると売り上げが増加するが、それを需要増加だと勘違い(貨幣錯覚)して生産を増やすが、その勘違いに気づき、生産を元に戻す。すなわち、生産者は生産量を変えないので、労働需要は増えない(失業率は下がらない)。
これにより、「物価が上昇するのに失業率が下がらない」というスタグフレーションが説明できる。
- 貨幣供給量専心の説明
不況対策での利子率(公定歩合)引下げは、物価は上がるが、スタブレーションを招きやすい。
貨幣供給量の増加は、D-AS曲線の論理と同様な論理で、物価は上昇するが、失業者の減少につながる。経済も成長する。
安定した経済成長をするには、継続的に2%程度の物価上昇になるように、貨幣供給量を調整することが重要であり、中央銀行はこれだけに関心をもてばよいのだ。
(参考)現代貨幣理論(Modern Money Theory:MMT)
マネタリズムは、「スタグフレーションなしの失業者減少や経済発展には、中央銀行が貨幣供給量の調整だけを行えばよい」と主張しました。
現代貨幣理論では、さらに「政府は財政悪化など気にせず、国債を発行してどんどんお金を使うべきだ。財政破綻することはなく、インフレも生じない」と主張する経済理論です。
- 租税貨幣論
法律で納税義務があり、納税には自国通貨(貨幣)だけが認められている。そのため、国民にとって貨幣が必要なのだ。納税以前に貨幣を発行しなければならない。
- 信用貨幣論
貨幣とは国民(納税者)への借用証書(負債)である。納税とは借用証書と納税義務との交換取引である。税収は国にとって「借用証書として支払った貨幣が戻ってきただけ」である。
貨幣が流通できるのは、これで納税ができることを国が保証しており、それを取引関係者全員が信用しているからだ。貨幣以外の手段で取引があっても、最終的には国と国民の間での決算は貨幣で行われる。
- 内生的貨幣供給論
貨幣供給量を増やせば消費活動が増えて市場が活性化するといわれているが、これは逆である。
好景気となり、借金しても事業発展をしたい人が増加し、貨幣需要量が増加するのだ。
これから、次のことが結論されます。
- 内生的貨幣供給論により、「貨幣の過剰供給でインフレになるのではない、インフレによる貨幣需要により必要量を供給しているのだ」
- 貨幣供給で負債が増えても、さらに貨幣を発行すれば返済ができる、財政赤字が膨らんで債務不履行にはならない。
発表された1990年代には「異端の経済理論」とされました。現在は見直されつつありますが、それでも反対意見が大多数の状態です。
ゲームの理論
参照:「ゲームの理論」
ゲームの理論は、競争関係(対立関係)にある2人(多数でもよい)AとBが、それぞれ戦略を持っており、戦略を選択したときの利失表があるとしたとき、A・Bが自分の利益を追求したとき、どのような戦略の組合せになるかを数学的に検討する理論です。数学者ノイマン(John von Neumann)と経済学者モルゲンシュテルン(Oskar Morgenstern)の共著『ゲームの理論と経済行動』(1944年)により提唱されました。
ゲームの理論の概要
ここでは、「2人非零和ゲーム」の分野について、トピックス的に単純例を示します。
Aの利失表 Bの利失表
B1(q) B2(1-q) A1(p) A2(1-p)
A1(p) 3 -1 B1(q) 1 -2
A2(1-p) -2 1 B2(1-q) -3 2
A・Bが相手の利失表を知らないとき
Aが戦略A2,A2のどちらを選択すべきか(p:A1選択確率の値)を考えます。
Aは、Bが戦略B1とB2を持っているが、どちらを選択するか(q:B1選択確率の値)は知りません。Aの利失表により、利益VAを最大にするpの値を求めます。
VA=3pq-1p(1-q)-2(1-p)q+1(1-q)(1-q)=7(p-3/7)(q-2/7)+1/7
から、p=3/7 にすれば、Bの選択によらず、1/7の利益を得ることができます。
同様に、Bは
VB=1pq-2(1-p)q-3p(1-q)+2(1-q)(1-q)=8(p-1/2)(q-5/8)-1/2
より,q=5/8 の選択をすれば -1/2の利益を得ることができます。
すなわち,両者の間にどのような交渉があるにせよ,Aは1/7,Bは-1/2以上の利益がなければ交渉に応じないことになります。
AがBの利失表を知っているとき
AはBがq=5/8の混合戦略を選択ことを知っています。そのときの期待値は,
A1: 3×(5/8)-1×(3/8)=12/8=3/2
A2:-2×(5/8)+1×(3/8)=-7/8
なので、A1を選択して、3/2(>1/7)の利益を得ることができます。
AがAIを選択することをBに伝えます。BはB1を選択して1(>-1/2)の利益が得られます。AはBの利益VB=-1/2を知っているので、Bは反発しないことを知っています。そのため、Aは3の利益が得られます。
すなわち、相手の利失表を知り、自分の利失表を秘密にすれば、先手を打って説得あるいは脅迫して、期待利益を大きくできます。
両者が互いの利失表を知っているとき (ナッシュ均衡)
両者が手の内を示して、Win-Win の解を求めようとします。
確率p、qを考えなければ、次の表ができます。
ケース 選択戦略 A B 合計
① A1,B1 3 1 4
② A1,B2 -1 -3 -4
③ A2,B1 -2 -2 -4
④ A2,B2 1 2 3
独自で行動しても、Aは1/7,Bは-1/2の利益が得られるので、①、④が対象になります。
どちらを採用するかは決定できません。力関係や差額調整などの妥協になります。
いずれにせよ、独自行動よりも利益が上がり、Win-Win の結果になります。
p、qを考慮した場合は、やや複雑になりますが、「相手の戦略を所与として、自分から戦略を変えても得をしない状態をナッシュ均衡といいます。
囚人のジレンマ
(A,B) |
Bの戦略 |
B1 | B2 |
---|
Aの戦略 |
A1 | (-1,-1) | (-3, 0) |
A2 | (0,-3) | (-2,-2) |
囚人A,Bは、次の利得表を知っていますが、相手の行動を知りません。
- Aが自白しないで(A1)、Bも自白しない(B1)ならば、両者とも1年の刑になる。
- Aが自白しないで(A1)、Bが自白する(B2)ならば、Aは3年の刑、Bは無罪になる。
- Aが自白してA2)、Bが自白しない(B1)ならば、Aは無罪、Bは3年の刑になる。
- Aが自白してA2)、Bも自白する(B2)ならば、両者とも2年の刑になる。
互いに相手を信用しておれば、自白しないで軽い刑ですみますが、疑心暗鬼になると、相手が自白しるのを恐れて自白してしまうでしょう。また、自分は相手を信用していたのに裏切られると最悪な状況になります。
取調官が、「相手は自白したぞ。お前も自白したらどうだ」とウソをつくことにより、「正直者が損をする」状態を避けることができます。
ゲームの理論の活用
上例では、当事者が2人、戦略が2つの場合でしたが、それぞれ多数の場合にも拡張できます。例えば、当事者が3人のときAとBが結託してCに対峙するモデルなどもあります。戦略を多段階に最初の戦略選択の結果を見て次の戦略選択をする、その結果を先の線竜選択にフィードバックするような複雑なモデルも考えられます。
ゲームの理論は、トランプゲームなど身近なことから国家間の軍事戦略まで、非常に広い分野で活用されています。
経済政策の分野では、政府・企業・労働者の立場により、公共投資拡大や利子率切下などへの利失表が異なります。自国政策と他国政策との相乗効果や相殺が発生することがあります。政策立案や実施計画には、ゲームの理論の活用が有効です。
金融工学での証券市場は、本質的に利害が反する競争の世界です。ゲームの理論を組み込んだアプローチが必要になります。
また、ゲームの理論は、定量的な解を求めるものですが、そのモデルを用いて定性的に検討するという「合理的なものの考え方」「問題の整理」としても役立ちます。
- 利失表の値に精度は、あまり重要ではありません。ゲームの理論の特徴として、精度の良い値を求めるのが困難なことが通常です。
この値が少々変化しても解が大きく変化することはありません。大きく変化するときは、不安定なモデルなので、このモデルが適切かどうかを検討する必要があります。
- それよりも自分および相手の戦略列挙を十分に検討することにより、問題の範囲、検討の前提が明確になります。
- 相手の利失表の想定が重要です。相手の状況を把握することにより、脅迫や協調など多様な手段の検討をすることが可能になります。
- 特に囚人のジレンマのパターンになるかの吟味が必要です。このパターンになるとき、相手との信頼関係の樹立、調停者の選定などが重要な課題として認識されましょう。
和平交渉、軍縮交渉など国際緊張緩和の分野では、双方および調停者が共通の認識が不可欠でしょう。
金融工学
金融工学とは、値動きのある金融商品のリスクやリターン、理論的な価格などを、数学やコンピューターを駆使して数値化し、分析し、リスクヘッジやリスクマネジメントに役立たせたり、投資や資産運用の意思決定に役立たせたりすることを研究する学問です。
金融工学の対象には、2つの側面があります。
- 資産価格論(Asset Pricing)
投資先の資産価格をどう評価するか、利益を最大化しつつリスクを最小化する最適な投資配分の方法はどうかなどを対象にします。→現代ポートフォリオ理論
- 派生証券論(デリバティイブズ論)
派生証券とは、株式、債券、金利、通貨、金、原油などの原資産の価格を基準に価値が決まる金融商品の総称です。
取引形態としては、先物取引、オプション取引、スワップ取引などがあります。派生証券の評価、取引形態の選択などを対象にします。
関連用語
- 先物取引
現時点では、売買の価格や数量などを約束だけしておいて、将来の約束の日が来た時点で、売買を行います。
取引時点での価格が現時点より上がれば儲かりますし、下がれば損をします。
- オプション取引
「権利」を売買する取引です。ある金融商品をあらかじめ決めた価格で売買するかしないかを選べる権利です。取引時点での価格が予約価格よりも安ければ買えばよいし、高ければ買わなければよいのです。しかしこれでは一方的ですので、権利を得るときに手付金のような権利料が必要です。
- 金利スワップ取引
同一通貨において、固定金利と変動金利などのように異なる金利の支払いや受取りを交換する取引をいいます。
Aは固定金利、Bは変動金利の違いだけで、元本や償却期間など他の条件は同じだとします。Aは将来利率が下がると期待して変動金利への移行を、Bは利率上昇を心配して固定金利への移行を望んでいます。
このとき、AはBに固定金利での利子を支払い、Bは銀行に従来の変動金利で支払う(その逆も同様)とすることにより実現できます。
- 通貨スワップ取引
円と引き換えにドルを受け取った日本の金融機関はドル金利を米国の金融機関に対して支払い、反対に米国の金融機関は円金利を日本の金融機関に支払う。契約が終了すると、ドルと円を元に戻すという仕組みです。
- 為替スワップ取引
現時点において直物為替レートで円と外貨を交換し、現時点において決定した先物為替レートで、将来時点で外貨と円を交換し直す取引です。対象を外貨とする先物取引だともいえます。
- レバレッジ
証拠金を取引所の口座に預託することにより、その数倍の取引ができる仕組です。少ない資金で多額の取引ができ、多大な利益を得るチャンスもあるが、多大な損失が生じて破綻するリスク」もあります。
- リスクヘッジ
「タマゴを一つのかごに入れるな」のリスク低減の考えかたです。円高になると利益が上がる輸出企業と、円安のほうが利益が上がる輸入企業の投資先があるとき、一方だけに投資するのは危険です。利益は減るかもしれないが、分散したほうが安全です。このように相反する手段を講じることをリスクヘッジといいます。スワップ取引もその手段として利用されます。
現代ポートフォリオ理論
現代ポートフォリオ理論(Modern portfolio theory, MPT)は、不確実性のある投資先への投資において、利益を最大化しつつリスクを最小化する最適な投資配分の数学手法です。マーコウィッツが1952年に発表しました。
単純にいえば、各投資に平均収益率と非確実性による標準偏差の表が与えられ、
目的関数=α×平均収益率の合計 - β×標準偏差の合計
を最大にするように資金配分をすることです。
数理計画法のポートフォリオ最適化問題として、アルゴリズムも解くアプリもポピュラになっています。
ここで、α、βは投資者(意思決定者)が任意に決める定数です。
A:ハイリスク・ハイリターンの銘柄
B:ローリスク・ローリターンの銘柄
があるとき、実現確率は小さくても運がよければ大儲けをしたい投資家ば、α→1、β→0 に近い値に設定するでしょう。その結果、A銘柄への投資比率が高まります。慎重派の投資家は逆の設定をするでしょう。
(参考)決定理論 -α・βの設定に関連して-
利失表 |
景気 |
好況 | 不況 |
戦略 | 積極 | 10 | -3 |
消極 | 5 | 2 |
景気と経営戦略の関係を例にします。経営戦略には積極戦略と消極戦略があります。積極戦略を採用したとき、好況になれば大きな利益が期待できるし、不況になれば過大投資による損失が生じます。消極戦略を採用したとき、好況になっても大した利益は期待できないし、不況になっても損失は少ないでしょう。
このとき、どのような選択をするかという考え方を決定理論といいます。
何らかの手段で、好況になる確率が0,6、不況になる確率が0,4だとわかっているならば、
積極戦略での期待値:10×0.6-3×0.4=4.8
消極戦略での期待値: 5×0.6+2×0.4=3.8
になるので、期待値の大きい積極戦略を採用するのが自然でしょう。
確率がわかっていないときには,楽観的な人、悲観的な人など決定者の考えにより異なります。
- ラプラスの原理
確率がわからないなら、好況も不況も同確率の0.5ちして期待値を計算、大きいほうを選択します。
- マクシマックス原理
楽観的な人は、積極戦略にすれば好況になるし、消極戦略にすれば不況になると考えます。積極-好況の10だ最大なので、積極戦略にします。
- ミニマックス原理(マクシミン原理)
悲観的な人は最悪のことを考えます。積極戦略にすれば不況になるので-3、消極戦略にすれば好況になるので2になるので、大きいほうの消極戦略にします。
- ハーヴィッツの原理
通常の人は楽観・悲観の中間でしょう、楽観度(積極戦略選択度)をαとすれば消極戦略選択度はβ=(1-α) になります。
積極戦略での期待値:10α-3(1-α)=13α-3 (α>0.5 のとき大)
消極戦略での期待値: 5α+2(1-α)= 3α+2 (α<0.5 のとき大)
- リグレット・ミニマックス原理
誤った選択をして後で後悔するのを小さくしたい人です。積極政策をとって不況になったら-3ですが、消極政策をとっていたら2で済んでいたのですから、-3-2=-5の後悔になります。消極政策をとって好況になったら5の利益がありですが、積極政策をとっていたら10の利益が得られたので、5-10=-5の後悔(逸失利益)になります。その後悔の小さいほう(ここでは同じ)を選択することになります。おで済んでいたのですから、-3-2=-5の後悔になります。
好況・不況は、自分に協力的でも敵対的でもない相手です。相手が敵対的なときは、ゲームの理論が適用されます。
資本資産価格モデル
現代ポートフォリオ理論は、そもそも将来の金融商品の価格を正確に予測するものではありませんが、これから発展した資産価格決定モデルとして資本資産価格モデル(英: capital asset pricing model, CAPM)があります。
ブラック=ショールズ方程式
1973年、ブラック(Fischer Sheffey Black)とショールズ(Myron S. Scholes)は、デリバティブ価格を算出する確率偏微分方程式をブラック=ショールズ方程式を発表しました(私の理解を超えています)。
第2項は平均収益率、第3項は標準偏差に関する項だともいえます。現代ポートフォリオ理論での「利益とリスクのバランス」を含んだ式になっています。
この方程式は、その後、配当ありの場合、為替オプションを前提とした式などいろいろ拡張され、現在広く利用されています。
難解な式ですが、プログラムは広く開発されており、基本的な部分はEXCELですら計算できます。しかし、これをどのように拡張するか、変数にどのような値を与えるかは高度な知識や情報収集能力が必要であり、多数の専門家(ノーベル経済学賞受賞者も含む)や団体が、互いにしのぎを削っています。
新しい金融取引形態
1990年代頃から、新しい形態の金融取引が出現しました。これらはハイリスク・ハイリターンな取引を対象にした大きな市場を形成しています。
- ヘッジファンド
一般的な投資信託(ファンド)と違い、主に機関投資家や富裕層から私募により資金を集めるファンドです。巨大な資金を元手に金融工学を駆使して金融派生商品(デリバティブ)により高い収益をあげ、出資者に還元します。
巨大なヘッジファンドやそのグループが動かす金額が膨大であり、その売買が超短期で行われるので、市場への影響が大きく、国の経済政策へも影響しています。財政状況が貧弱な国で政府がモラトリアム(債務不履行)に追い込まれたこともありました(1997年アジア諸国。1998年ロシアなど)。
本質的にハイリスク・ハイリターンな取引ですから、高い収益率が得られているときはよいのですが、失敗すると巨大な負債を生んで破綻することもあります。ノーベル経済学賞の受賞者が参加した巨大ヘッジファンドが破綻した例(Long-Term Capital Management:LTCM、1997年)や、破綻が引き金になり世界規模の株価下落、金融不安、同時不況へと発展した例(リーマンショック、2008年)もあります。
- FX(Foreign Exchange)取引
外国為替証拠金取引。銀行などを通した為替取引ではなく、一定の証拠金(保証金)をFX取引業者に預託し、為替変動や金利差による差金利益を得ることを目的とした取引です。
大きなレバレッジをかけて、頻繁に取引を行うことにより、少ない資金で大きな利益を得ようとする投機的な取引です。
FX取引業者は、利用者の取引を仲介するだけでなく、利用者と業者の間だけで為替取引をし、業者が独自に為替取引をすることもあります。しかし、ヘッジファンドとくらべて小規模であり、金融工学の活用もそれほど高度ではありません。むしろ、預託金の保全や経営面の健全性などがリスクになります。
従来は専門的なトレーダだけでしたが、1990年代中頃から、一般の人が自宅のパソコンでも利用できるようになり、いわゆるデイトレーダが急増しました。一生かかっても得られないほどの莫大な利益を得る人がいる一方、失敗による家計破綻や取引に没頭して生活が乱れることなどが指摘されています。
- 暗号資産取引
国の法的通貨ではなく、システムそのものへの信頼性を基盤とした仮想通貨です(例:ビットコイン)。振込みなどの決済業務は完全にネットワークを流れるデジタル情報ですので、手数料が非常に安いことなどから、利用が広まっています。
しかし現実には、暗号資産の価値(法的通貨との為替レート)変動がかなり激しいことに注目した投機目的のほうが多いともいわれておます。また、不正行為により得た法的通貨を暗号資産にして保管したり、多頻度で転送を繰り返して当局の追及をかわすマネーロンダリングの手段に使われやすいと指摘されています。
貨幣がネットワーク上のデジタル情報だけですので、外部あるいは内部からの不正アクセス対策が重要ですが、それへの対策や被害を受けたときの利用者資産の保全が不十分な業者もあり、問題になっています。