産業界からの指摘、産学官連携の状況
ITの分野では大学での授業内容と企業が求める知識能力の間にミスマッチがあることが、以前から指摘されています。日本経済団体連合会は、『産学官連携による高度な情報通信人材の育成強化に向けて』(2005年)で、次のような指摘をしました。
同報告書では、次の調査結果を掲げています。
景気の動向により変化しますが、情報サービス業界は、量・質ともに人材不足の状態です。職種では、大企業・中小企業に共通してプロジェクトマネジメント、大企業では上流工程(経営とITの接点)を担当するコンサルタントやITアーキテクト、中小企業では下流工程(システムの実装)を担当するアプリケーションスペシャリストやソフトウェアデベロップメントが不足しています(現実に受注している業務が下流工程なので、このような結果になりますが、本来は、中小企業でも上流工程に進出する必要があり、大企業と同様の人材が求められます(図表)。
しかし、プロジェクトマネジメント、コンサルタント、ITアーキテクトなどは、高度の知識やスキルが求められるので、新卒者には期待できません。社内での育成が必要になります。それで、新卒者には、まずアプリケーションスペシャリストやソフトウェアデベロップメントとして一人前になり、先輩をプロジェクトマネジメントなどにシフトさせたいのです。それで、学生時代や就職後1年までの間では、この分野が重視される傾向があります。
しかし、それにもまして、コミュニケーション、リーダーシップ、ネゴシエーションなどヒューマンスキルを身につけておくことが重視されます。これはIT技術者だけでなく企業人全体に求められるスキルですが、IT技術者は、ユーザニーズを的確に把握できること、自分の提案を相手にわかりやすく説明できることが任務達成に必要ですし、IT業務では多様な分野の人が協力してプロジェクトを行うのですから、このスキルが非常に重要なのです(図表)。
このような産業界のニーズに対して、大学のIT教育(情報学部の教育内容)がミスマッチになっていることが問題になっています。産業界で必要となる技術が大学ではあまり教えられず、大学で重点になっている授業科目が実務ではあまり役立たないと指摘されています(図表)。
大学で教えていないと指摘される分野では、システムやソフトウェアの設計(プログラミング以前の工程)もありますが、文章力、リーダーシップ、プロジェクトマネジメントなど多分にヒューマンスキルに関係する分野があります。
逆に実務で役立たない分野として、計算機科学や情報数理科学など、学問的には重要かもしれないが、実際にそれを活用する局面が少ない(そのような技術者は比較的少数でよい)分野が指摘されています。
(注)大学教育の現状について否定的な意見がありますが、見方を変えると、企業が大学教育の成果をうまく活用できていない体質であるとか、卒業生が在学中の行動と矛盾した回答をしているともいえます(私見)
(説明の都合で図表を再掲示します)
全般的に「学生時代」には不要で「1年以内」で必要になる項目が多くなっています。
これは、企業が「自分のところは特殊だから、大学で一般的・抽象的なことを学んできても意味がない」「自社の状況に沿った具体的な知識をもたせたい」ということだと考えられます。
それは一理ありますが、逆にいえば、その企業が世間で通用する方法論をもっていないからだといえます。入社後に、そのような知識を得ても、はたして他社で通用するでしょうか?
また「1年以内で修得せよ」というが、企業がそれほど新入社員教育に力を入れているとは思えません。自主的にやれということでしょう。すると「大学当時は遊んでいてよい。そのかわり入社したら死に物狂いで頑張れ」ということになります。
私としては、「1年以内に必要になるのならば、その基礎は大学時代に学んでおけ」といいたいのですが・・・
この回答から、システム設計やソフトウェアが重要で、数学や心理学などが不要だと決めつけるのは危険な面があります。「勝手な回答をしている」ようにも思われるのです。
システム設計やソフトウェア開発は、15回×90分程度で修得できるものではありません。おそらく、その10倍程度の自主学習が必要です。そのような過酷な科目を選択する学生がどれだけいるでしょうか? 実際には小人数のゼミ方式で行う必要がありますが、それには多数のゼミが必要になります。授業料の増額になりますが、現在でも情報学部は人気が低下しているのに、入学定員を維持できるでしょうか?
哲学や心理学はヒューマンスキルの基礎です。それを大学で学ばなかったというのは、これらの科目の授業内容が不適切なのか、あるいは学生の応用力が欠けているからでしょう。
数学、特に離散数学が不要だということは、その知識を活用する機会がないからだと考えられます。それで数学のお遊びのようにとらえているのでしょう。これらは、データ分析に必要な分野ですし、データ分析のニーズから情報システムの仕様がきまるのです。利用者がそのような方法を知らない、提供者も実務への適用を提案できないために、使う機会がないと錯覚している面もあると思います。
私は、コミュニケーション技術などを「IT分野」として考えるのには、むしろ反対です。これらは、すべての学生がもつべき基本分野ですので、共通の科目とすべきです。また、特定の科目として行うだけでなく、すべての授業において、発表や討論の機会を多くすることが必要だと思います。本来は、小学校から継続して行うのが適切でしょう。
ミスマッチを解消するには、大学だけの努力ではなく、産学官の連携が必要です。経済産業省は 『大学における産学連携情報処理教育の現状に関する調査報告書』(2004年)において、産学官の連携の状況を調査し、連携推進の重要性を示しています(図表)。
ほとんどの大学が、連携の必要性を認識しています。大学教育が産業界ニーズとミスマッチをしている原因の一つに、情報学部のような理工系学部では、教員が研究一筋になっており、卒業生の多くが進む企業の経験がないことがあると指摘されています(同報告書によると、IT関連の学部の全教員に占める企業経験者の割合は20%程度です)。そして、多くの大学が、企業からの教員採用やスポットの広義・講演を行っています。また、インターンシップにより、学生に実務を体験させるようにしています(図表)。
企業出身者が少ない、特に専任教員が少ないのには、次のような理由があります。
それで、非常勤講師やスポット講師になるのですが、継続の保証がありません。授業を行うには多大な準備が必要ですので、1回だけの利用ではムダが生じ、企業および本人にとって負荷がおおきいものになります。
しかし、企業と共同で教材を作成したり、企業が機材や講座への寄付を行うことは未だ不十分な状態です。これらを推進するために、「拠点大学構想」や「先導的IT人材育成プログラム選定校」などが進められています。拠点となる大学や大学院を選定して、産業界が教員の推薦、カリキュラムの作成、インターンシップの受入れなどの支援を行い、次第に横展開しようとするものです。
参照:経済産業省『産学連携のあり方について』(2006年)
上記の事項は、情報学部と情報サービス業の関係、すなわちITの提供者側、ベンダ技術者に限定されています。それに限定した場合は、上記の議論は適切でしょう。
しかし、ユーザ企業のIT推進では、営業部や経理部など利用部門が大きな役割をもっています。日本企業は米国企業などと比較して、ITの活用目的が経営戦略とマッチしていない、あるいは、経営戦略がITの動向を活用していないと指摘されています。これは、IT提供側よりも経営者や利用部門が適切な行動をしていないことに起因します。
すなわち、利用部門に進む大学生(これが大多数)を対象としたIT教育が重要なのです。ここにも産業界と大学のミスマッチがあります。
IT提供側でも、ユーザ企業のIT部門の要員すなわちユーザ技術者への教育は、ベンダ技術者とは重点が異なります。ユーザ技術者は、IT技術者である以前に企業の社員であり、他部門も含めたキャリアパスの一つとしてIT部門に所属しているのです。そのため、利用者側と同じような教育も必要となります。